タイトルは『チョコレート・てろりすと』

筑井です。こんばんわ。
東浩紀道場主と、太田編集長の突撃取材が終わりまして、ほっと一息これからガリガリ編集作業に入るところです。


今回の同人誌の内容について、少しばかり告知です。
巻頭特集は百合。女の子と女の子がいちゃいちゃしている、アレです。
私たちがなぜ百合を取り上げなければならないと考えたか、それは、今やらなくてはもう二度とできなくなってしまう、という強い危機感に駆動されているからです。


2004年8月に東さんは、『美少女ゲームの臨界点』という同人誌を出されました。
これは、当時一部で話題になっていたギャルゲー(美少女ゲーム)を文学の俎上に位置づけようとする試みであった、と私は考えています。
東さんが俎上に載せるまで、ギャルゲーなんてオタクたちが狂乱しているマイナーなジャンルのコンテンツでしかなかったし、そもそも発売されている本数もそれほど多いものではありませんでした。
しかし(のちにさまざまな批判が寄せられるとしても)、『AIR』を文学だと断言し支持する東さんの姿勢は強く、その後のギャルゲーシーンに大きな影響を与えたことは間違いありません。
その後、ギャルゲー市場は拡大を続け(現在はもうほぼ飽和状態と言っていいでしょう)、もはや拡散してしまって「ギャルゲー」という世界を一気に俯瞰することは、大変難しいことになってしまいました。
だからこそ、2004年に、ギャルゲーを網羅した同人誌が作られたことは、非常に意味のあることだったと私は考えています。


だから私たちは、今、百合をやらねばならないと考えました。
マリア様がみてる』で爆発的にファン層を増やした百合。
しかし、百合に関するデータベースは決して整理されている状況ではありません。百合はボーイズラブのように大きめの書店ならばドンと棚を構えられているわけではなく、また少女漫画のように目立つ位置に並べられているものでもありません。
また、過去の百合作品にさかのぼりたくとも、なかなかどこから手を出していいのか、分からない部分が多いでしょう。

私たちは、そのような現状に風穴を開けたいと考えています。
百合に詳しい人に、百合についての知識をより深め、立体化してもらうこと。
ボーイズラブは見るけど百合はちょっと…というひとに百合の魅力を知ってもらうこと。
(百合は、ただたんにボーイズラブを裏返しにしたものではありません)
そしてもちろん、少女漫画の系譜から、百合が生まれたことも忘れてはなりません。
(ですが、『少女コミック』などのTL作品とも、また違ったエロティシズムの世界です)

百合なくしてゼロ年代オタク文化は語れない。それは腐女子ー男子オタクの対立を超える、もっと大きなゼロ年代のマンガシーン、文化シーンをくぐり抜けるための視点を提示することになるでしょう。

女性同士のLOVE、というものは、まだまだ多くの可能性を秘めています。
おそらくこれからさき、かつてのギャルゲーがそうであったように、どんどん市場が広がっていくでしょう。
その可能性の前に、ほんの少しだけでも、私たちの足跡が残されればと、私たちは切に願っています。



百合特集の具体的内容については、おいおい告知していきます。またパンドラの2号でもゼロアカ特集を組んでいただいたということなので、そちらもあわせてご覧ください。


……
さてさて。続きまして同人誌ミシュランの件です。
みなさまのご協力によりまして、ミシュランの本は15冊ほど集まりました。本当にありがとうございます。
かなりクオリティの高い作品もいただいたので、これからページを作っていくのがとても楽しみです。

一応30日いっぱいで締め切らせていただきましたが、やっぱりどうしても送りたくなった!という方がいらっしゃいましたら、今日明日くらいでしたらまだ受付られますので、ぜひご郵送ください。

やはりというかなんというか、非常に詩や批評の同人誌を多いです。
エロエロの凌辱系同人誌とかが来るのを楽しみに思ってたのに…というのは冗談ですが、やはり作り手のこだわりを強く感じるものばかりでした。中にはもうちょっと装幀がんばろうよ…と思ったものもありましたが、それはそれ、中身で勝負!ということなんでしょうね。
まだどういうページにするか二人で相談しているところですが、送ってくださった方を失望させないページにいたします。
ご期待ください。


……
少女は美しく、チョコレートのように甘く、その中に世界のすべてを閉じ込める。
しかし安易に触れようとすると、それはてろりすとのように牙をむく。
てろるである以上、攻撃を予測することは、ほぼ不可能に近い。
わたしたちは偏在する敵に向かって、銃弾をばらまくことしかできない。